商店街コミュニティ研究所について
2026年1月
商店街コミュニティ研究所 所長
広井良典
「商店街」に関する若干の個人的述懐を記すことをお許しいただければと思います。
私の実家は岡山市の市役所近くにある、現在ではほぼ“シャッター通り”となっている商店街の小売店でした(余談ながら、県北の津山市に音楽グループ「B’z」のボーカリスト稲葉浩志さんの御実家としても知られる「イナバ化粧店」があり、そちらとは“ライバル関係”(?)にあったことも付記させていただきます)。
「商店街」というテーマに多少の関心を抱くようになったのは、1980年代末の2年間をアメリカで過ごした時期でした。そこで私は「モール」という言葉を初めて知ると同時に、郊外の巨大モールを目の当たりにし、その便利さに感心すると同時に、一方で中心市街地が空洞化し荒廃しているという、その落差の大きさにも驚きました。そして、(日本はなんでもアメリカの後を追うのが好きなので)良くも悪くも日本もやがてこのような姿になっていくのだろうかと漠然と思っていたのです。
その予想はまさに現実のものとなり、奇しくも当時(1980年代末)はいわゆる「日米構造協議」が行われ、それを受けた規制緩和が進められようとしていた時期であり、90年代以降、郊外型ショッピングモールが日本全国に作られ広がっていきました。
一方、90年代の終わり頃から私はヨーロッパ各地の都市をよく訪れるようになりましたが、そこでは商店街を含めて、都市やそこでの空間のあり方、人々の行動や雰囲気等々がアメリカとは全く異なることに気づき、強いインパクトを受けました。
それは一言で言えば、ヨーロッパにおいては、地方の中小都市においても「商店街」が地域にしっかり根づいた形で存続し、活気ある賑わいを示しており、子どもから高齢者まで、様々な世代がゆっくりとくつろいで過ごせる「コミュニティ空間」となっていた、ということです。
背景の一つは、ドイツなどを始めとしてヨーロッパ各国では1970年代前後から、過度に「道路・自動車中心」になっていた都市や地域のあり方がもたらす弊害への反省から、歩行者(&公共交通)中心の「歩いて楽しめるまち」に向けた政策が積極的に進められてきた点にあります(拙編『商店街の復権』ちくま新書、2024年参照)。
これは言い換えれば、都市や地域、“まち”の姿は、その国・地域の政策の方向性や目指すべきビジョン、あるいは人々の価値観や行動によって全く異なるものになるということであり、「商店街→郊外ショッピングモール」という“アメリカ型モデル”が決して唯一の姿ではないということです。
私たちはこうした問題意識を踏まえながら、都市・地域のありように関する良き意味での“日本型モデル”を構想し、実現していくことが求められていると言えます。
たとえば高度成長期を中心に全国に広がった「アーケード付きの歩行者専用空間」という日本独自の商店街モデルは、様々なポジティブな可能性を秘めており、近年ではインバウンドの外国人等にとっても魅力となっており、新たな視点からの再評価や展開が重要になっていると思われます。
また日本の商店街の一定数は、“門前”という場合を含めて神社・お寺とつながっており、それ以外の場合でも、「お祭り」が行われる場(=ストリート空間)としての機能をもっているなど、実は「鎮守の森」と関わりをもっています。こうした点も商店街の“日本型モデル”に関する興味深い話題と言えるでしょう(なお鎮守の森については「鎮守の森コミュニティ研究所」のホームページ参照)。
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商店街をめぐる現状に目を転じますと、現在の日本では、人口減少社会という背景もあり、地方都市を中心に商店街の“シャッター通り”化あるいは中心市街地の空洞化が進むとともに、事業承継等の問題を理由として大都市圏においても同様の事態が進行しています。
一方、商店街のもつ「コミュニティ空間」あるいは「居場所」「サードプレイス」としての機能への関心が高まると同時に、「歩いて楽しめるまちづくり(ウォーカブル・シティ)」をめぐる動きが全国各地で展開し、加えて上記のように外国人にとっても日本の「Shotengai」が新たな興味の対象となるなど、商店街をめぐる状況はいま新たな局面を迎えています。
こうした現状を踏まえ、商店街のもつ現代的な価値に注目し、商店街や中心市街地の活性化に向けた様々な活動を行う分野横断的なネットワーク組織が本研究所であり、調査・交流・発信・コンサルティングといった機能を柱とする活動を進めてまいりたいと思います。関心を共有する皆様の御理解・御協力をいただければ幸いに存じます。
